ファミリーホームの暮らしは、いわゆるニュースでやっているような深刻な虐待の、保護された「その後のストーリー」が続く場所です。
子どもたちにはそれぞれに深い傷つきがあり、私たちは長い年月を365日 子どもたちの育ちに奮闘しています。
18歳の子どもの巣立ちの後は、また新しい子どもが荷物をほとんど持たずにやってきて…正面から向き合い応える日々を経ながら私たちは家族になっていきます。
18歳になりここから巣立つ子どもたちは、本当に大変な局面を迎えています。
クロップに来る子どもたちは、子ども時代に1番に愛されたかった親からの愛情を受け取れなかった子どもばかりです。今は地域の人や、学校、児相、病院…とたくさんの人に囲まれ、大切にされて暮らしています。それでも、日常ではたくさんの生きづらさや苦しみを抱えています。ある調査では高度の逆境に耐えた子どもは、愛情に満ちた安定した環境にかかわらず、心理的葛藤を起こすリスクが高いという結果がでています。
なかなかニュースにはならない、「その後のストーリー」で繰り広げられる子どもたちのトラウマの傷跡。
自分では言葉にできないこと。
信じているのに応えられないこと。
愛したいのに愛し方が分からないこと。
たとえば…暴力、自傷、解離、依存。
子どもの人数分だけそれらが勃発する激しい日常。ここでは理解され、ケアされながら淡々と暮らしています。それでも18歳までに、傷が癒えて、信頼感を持て、自己肯定感を持てるということは難しいのが現実です。
今ここにあるものは…あたたかいご飯とお風呂、共に暮らす仲間たち、自分の部屋とベッド、大人たち。木々、海、風、大地…。
子どもにしたら突然、18歳でその手が離れること。それはどんな事なのでしょうか。
1人で暮らし、アパートやグループホームから仕事に通う日々。
見た目は普通の18歳。周りからは、みんなと同じように見えるし、自分で言語化できない気持ちを抱えているために理解を得にくいです。頑張ろうとしても、ぽっかりと穴の空いた心では気持ちがついていかずに…もがいています、自立は大きな壁です。
クロップにきてから18歳になるまで愛しても、愛しきれない、教えても、教えきれないと感じます。
愛着をしっかり結んでいるつもりでも、出て行かなければならない寂しさ。子どもたちにはぽっかりとあいた穴と、「自分はどこからきてどこへ行くのか」という虚無感を抱えているようです。
(今回の法改正は大きな一歩だと思います。一方で願わくば虐待が減るか、または子どもが暮らせる受け皿が増えるかしない限り、次に入所を待つ子どもたちがいるので、18歳で出るという現実を変えるのは大変なことです。社会的養護出身の若者たちが声をあげて頑張ってきて叶ったこの法改正。これをいかして行けるかは、私たち社会の一人ひとりにかかっていると感じています…)
「自分なんかダメだから死にたい」「お前のせいでこうなった」わたしたちは幾度もそんな声を聞いてきました。本当は欲しかったお母さんのぬくもり。かわりになることは出来ないけれど、わたしたちは一人ひとりと向き合います。
「それでも生きること。」「本当の自分の強さとつながること。」私たちが希望を失うわけにはいきません。「今生きていたい。明日が見たい」と思えるように。
まだ見ぬ未来を信じて、背中を押したり、正面からぶつかりにいくこともあります。痛みにも寄り添うけれど、思い切り向き合う時もあります。
これは御蔵島での時に荒く優しい大自然の力強さをルーツにもつクロップの特色なのかもしれません。
そして周りには
「あなたはあなたでいいんだよ。」「ひとりじゃないよ。わたしがここにいるよ。」そう思える人が増えて、みんなが愛から生きられる世界を創りたいと思うのです。
ニュースになる様な虐待の「その後のストーリー」。そして子どもたちの18歳の巣立ちの苦しさを少しでも知っていただけたらと思って書きました。
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今年の春には2人がクロップを巣立つことになります。
いつかハッピーエンドと思える日が来て、そしてそれからもそれまでも人生が続いていきますように…